安全なパスワードの作り方 — 長さ・文字種・エントロピー
更新日 2026-09-01
「強いパスワード」とは、他人に推測されにくく、総当たり(ブルートフォース)でも破られにくいパスワードのことです。何となく複雑にするのではなく、なぜ強くなるのかを理解すると、無理なく安全な運用ができます。この記事では、その基準をやさしく解説します。
エントロピー(bit)という考え方
パスワードの強さは「エントロピー」という指標で表せます。これは「候補の総数」を対数で表したもので、bit(ビット)で示します。エントロピーが 1bit 増えるごとに、破るのに必要な試行回数がおよそ 2 倍になります。一般に、70bit を超えると強力とされます。
エントロピーは「文字種の数」と「長さ」で決まります。使える文字が N 種類、長さが L 文字なら、候補は N の L 乗になります。ここで効くのが、長さは「掛け算の回数」を増やすという点です。つまり、長さを伸ばすほうが、文字種を増やすより効率よく強くなります。
長さと文字種、どちらが効く?
- 長さを伸ばす: 最も効果が大きい。数文字増やすだけでエントロピーが大幅に上がる
- 文字種を増やす: 効果はあるが、長さほどではない。記号を足すより長くするほうが有利なことも多い
- 推測されやすい要素を避ける: 名前・誕生日・辞書に載る単語・キーボード配列(qwerty など)はエントロピーを実質下げる
桁で見る強さ:総当たりにかかる時間の目安
考え方だけでなく実際の桁を見ると、長さの効き方が実感できます。以下は、1 秒あたり 100 億回(10^10 回)試せる攻撃者がランダムなパスワードを総当たりする最悪ケースの目安です(当サイトで算出)。辞書や漏洩リストに載る語はこれより桁違いに速く破られるため、あくまで「ランダムな文字列」を前提にした上限値と考えてください。
- 8 文字・英小文字のみ(26 種)… 約 2.1×10^11 通り/約 21 秒で全探索
- 8 文字・英大小+数字(62 種)… 約 2.2×10^14 通り/約 6 時間
- 8 文字・英大小+数字+記号(94 種)… 約 6.1×10^15 通り/約 7 日
- 12 文字・英大小+数字(62 種)… 約 3.2×10^21 通り/約 1 万年
- 12 文字・英大小+数字+記号(94 種)… 約 4.8×10^23 通り/約 150 万年
- 16 文字・英大小+数字+記号(94 種)… 約 3.7×10^31 通り/実質破られない(約 10^14 年)
要点は明確です。8 文字は記号を足しても数日で破られる一方、12 文字にすると桁が一気に跳ね上がり、現実的な時間では破れなくなります。「文字種より長さが効く」という結論が、数字でも裏づけられます。
使い回しが一番危険
どれだけ強いパスワードでも、複数のサービスで使い回すと危険です。一つのサービスから漏れると、同じパスワードを使った他のサービスにも侵入される(パスワードリスト攻撃)からです。サービスごとに異なるパスワードを使うことが、長さや文字種以上に重要です。
最新の指針: 「複雑さ」より「長さ」、定期変更は不要
米国の標準化機関 NIST が定めるデジタル認証ガイドライン(SP 800-63B、2024 年の改訂版 Rev.4)は、従来「常識」とされてきたパスワード運用を大きく見直しています。要点は次のとおりです。今も「90 日ごとに変更」「記号を必ず含める」を利用者に強制するサービスは、この最新の考え方から遅れているといえます。
- 長さを重視する … 最低 8 文字、単一要素(パスワードのみ)で使う場合は 15 文字以上が推奨されています。64 文字以上を許可し、スペースを含むあらゆる文字を受け入れるべきとされています。
- 複雑さの強制をしない … 「大文字・小文字・数字・記号を必ず混ぜる」といった構成ルールは課すべきでないとされています。長さのほうが効果的で、無理な複雑さは覚えにくいパスワードや使い回しを招くためです。
- 定期変更を求めない … 漏洩などの具体的な理由がない限り、パスワードの定期的な変更は要求すべきでないとされています。頻繁な強制変更は、かえって推測されやすい変形(例: 末尾の数字だけ増やす)を生みます。
- 漏洩リストと照合する … 新しいパスワードを、よく使われる語や過去に漏洩したパスワードのリストと突き合わせ、該当する場合は別のものを選ばせるべきとされています。
パスフレーズという選択肢
覚える必要があるパスワード(パスワードマネージャーのマスターパスワードなど)には、無関係な単語を複数つないだ「パスフレーズ」が有効です。長くできるためエントロピーを稼ぎやすく、意味のないランダムな文字列より記憶しやすいのが利点です。ただし、ことわざや有名な歌詞、単純な単語の連結は推測されやすいため、互いに無関係な単語をランダムに選ぶことが重要です。
二要素認証(MFA)を併用する
パスワードをどれだけ強くしても、漏洩のリスクをゼロにはできません。認証アプリやセキュリティキーによる二要素認証(MFA)を併用すると、万一パスワードが漏れても不正ログインを大幅に防げます。SMS よりも認証アプリやセキュリティキーのほうが安全とされます。重要なアカウントでは必ず有効にしましょう。
現実的な運用のコツ
十分に長くランダムなパスワードをサービスごとに用意し、パスワードマネージャーで管理するのが最も現実的です。覚える必要があるのはマネージャーのマスターパスワードだけで済みます。当サイトのパスワード生成ツールは、暗号学的乱数で強いパスワードを作り、エントロピーと強度メーターも表示します。生成したものをそのままマネージャーに登録すると安全です。
参考: NIST Special Publication 800-63B(Digital Identity Guidelines)。本記事のパスワード運用に関する記述は、この米国標準の最新の考え方を踏まえています。